崖の上のポニョ・赤ちゃんの正体は何者?大正時代の夫婦との関係についても

崖の上のポニョは宮崎駿監督の作品の中でも異質を放っている作品。

様々な考察がされますが、その中で物語後半に登場する「赤ちゃん」の正体について気になる人が多いようです。

その赤ちゃんの乗っている船にいる親の服装が大正時代のような雰囲気を持っています。

実はここには深い意味がありました。紹介・考察していきます。

崖の上のポニョ・赤ちゃんの正体は何者?

崖の上のポニョでは後半から「死後の世界」を表現してるとされています。

都市伝説と言われていますが、実際に音楽を担当する久石譲さんが「死後の世界」とそれまでの世界を表現するようにインタビューで公表しています。

詳しくはこちらの記事で紹介しています。

よって、今回紹介する「赤ちゃん」が登場するシーンは既に「死後の世界」という事になります。

よって、「赤ちゃん」は死後の世界の存在。ではなく、正しくは現世とあの世の間にいる存在になります。

その理由としては、ポニョ自身が深く興味を示した事が意味しています。

赤ちゃんを見るのが初めてだったという事も考えられますが、実際には、「あの世」の存在になりきれていないと気付いたのではないかと考察します。

ここでの一連のやり取りが唐突で、ポニョの行動にも若干緊張感があり、どんな文脈のなかに解釈すればいいのか判らないシーンですよね。

よって、赤ちゃんの正体は、成仏できていない人間という事になります。

大正時代の夫婦との関係や赤ちゃんの表情について

水没後に宗助とポニョは船でリサの後を追います。その時、小船に乗った若い夫婦に出会います。そこで、赤ちゃんとも出会います。

普通に見ているだけでは、そこまで気にならないのですが、この夫婦の服装に違和感を覚える人もいると思います。

宗介やリサたちの時代のには削ぐわない服装・大正時代の服装を着ています。

実は、公式の設定でも「大正時代」と表記されています。

この点で大正時代の夫婦だと言う事がわかります。よって、死後の世界で彷徨っている夫婦と言う事になります。

この夫婦たちは「赤ちゃん」が成仏できずに彷徨っている所を夫婦で心配し、一緒に船を動かしてるのだと思います。

そう考えると切なくなりますね。

更に、赤ちゃんの表情が和かでない事も意味があります。

赤ちゃん自身も成仏できない事を感じており、作品として笑顔にしてしまうと辻褄が合わなくなります。

そこで、ポニョが関与する事で、夫婦と一緒に赤ちゃんも成仏できた事になります。

まとめ

今回は崖の上のポニョ・赤ちゃんの正体や大正時代の夫婦との関係、赤ちゃんの表情について考察しました。

なんとなく見てしまうシーンですが、今回のような意味をもって考えると、非常に深く、重要なシーンとなります。

細かい部分一つ一つに深い意味を見つける事ができます。

数ある宮崎駿監督作品の中で子供向けの要素が多いと見せかけて、最も深い作品だと思います

親が子を想う気持ちは、どれだけ強いのかよくわかるシーンです。親子の愛が強く描かれています。

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