億男・九十九の最後のセリフの意味は?結末やその後についても考察

2018年に公開された映画「億男」。豪華キャストの面々が揃い話題となった作品です。10月25日の金曜ロードショーで地上波初放送となります。

物語が進み、ラストで高橋一生さんが演じる九十九のセリフの意味に頭を抱える人が多くいるようです。

今回はそんな最後のセリフの意味や結末、九十九のその後について考察していきます。

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億男・九十九の最後のセリフの意味は?落語「芝浜」との繋がり

最後のラストシーンではモロッコ砂漠を二人で眺めながら話をする場面。「お金の価値は使う人次第」がテーマとなった作品であり、最後に集約されています。

その時、九十九が残した最後のセリフ「夢になるといけない」と言うのですが、この意味についてイマイチよくわからないと言う人が多いようです。しかし。ここはあえて、それぞれの見解があると思わせるセリフになっています。

そして、本編中にも登場する落語「芝浜」が深く関わっています。

「芝浜」とは、古典落語であり、今作の主軸・テーマになる作品になります。ストーリー・あらすじは以下のようになります。

天秤棒一本で行商をしている魚屋の勝は、腕はいいものの酒好きで、仕事でも飲みすぎて失敗が続き、さっぱりうだつが上がらない、裏長屋の貧乏暮らし。その日も女房に朝早く叩き起こされ、嫌々ながら芝の魚市場に仕入れに向かう。しかし時間が早過ぎたため市場はまだ開いていない。誰もいない美しい夜明けの浜辺で顔を洗い、煙管を吹かしているうち、足元の海中に沈んだ革の財布を見つける。拾って開けると、中には目をむくような大金。有頂天になって自宅に飛んで帰り、さっそく飲み仲間を集めて大酒を呑む。

翌日、二日酔いで起き出した勝に女房、こんなに呑んで支払いをどうする気かとおかんむり。勝は拾った財布の金のことを訴えるが、女房は、そんなものは知らない、お前さんが金欲しさのあまりに酔ったまぎれの夢に見たんだろと言う。焦った勝は家中を引っ繰り返して財布を探すが、どこにも無い。彼は愕然として、ついに財布の件を夢と諦める。つくづく身の上を考えなおした勝は、これじゃいけねえと一念発起、断酒して死にもの狂いに働きはじめる。

懸命に働いた末、三年後には表通りにいっぱしの店を構えることが出来、生活も安定し、身代も増えた。そしてその年の大晦日の晩のことである。勝は妻に対して献身をねぎらい、頭を下げる。すると女房は、三年前の財布の件について告白をはじめ、真相を勝に話した。

あの日、勝から拾った大金を見せられた妻は困惑した。十両盗めば首が飛ぶといわれた当時、横領が露見すれば死刑だ。長屋の大家と相談した結果、大家は財布を拾得物として役所に届け、妻は勝の泥酔に乗じて「財布なぞ最初から拾ってない」と言いくるめる事にした。時が経っても落とし主が現れなかったため、役所から拾い主の勝に財布の金が下げ渡されたのであった。

事実を知り、例の財布を見せられた勝はしかし妻を責めることはなく、道を踏み外しそうになった自分を真人間へと立直らせてくれた妻の機転に強く感謝する。妻は懸命に頑張ってきた夫をねぎらい、久し振りに酒でもと勧める。はじめは拒んだ勝だったが、やがておずおずと杯を手にする。「うん、そうだな、じゃあ、呑むとするか」といったんは杯を口元に運ぶが、ふいに杯を置く。「よそう。また夢になるといけねえ」

引用元:ウィキペディア

まさに「芝浜」は億男のストーリーそのものとなっています。

億男のストーリーの場合、九十九にお金を取られてから、一男はお金に対する価値観が大きく変わる事を意味します。

九十九の最後のセリフ「また夢になる」とは、大金を手にした時の夢のような時に戻り、お金では手に入らないものに気付く前の自分に戻ってしまうことを意味していると考察します。

では、続いて、その結末やその後について考察していきます。

結末やその後についても考察

まずは、億男のクライマックスシーンを振り返ってみましょう。

バレエの発表会の帰り道、電車の中で一男の横に一人の男が座ります。その人物が九十九でした。

九十九は昔に話した人間の意思でコントロールできないものの質問を投げかけ、一男は答えられずに教えてほしいと頼みます。

九十九は、死ぬこと、愛することと違い、お金は人が自ら作り出したものだと答えます。

お金は人間が発明し、それを信用して使い、「お金」こそ、人間そのものではないかと、九十九は思っています。

だから九十九はわざと三億円を隠し、十和子たち三人と会い、一男にそれぞれの話を聞く事を促します。

チャップリンが言った『人生に必要なもの。それは勇気と想像力と、ほんの少しのお金さ』こそが真理であると言います。

一男はクライマックスまでの出来事を全て経験した事によって、この言葉の本当の意味を体感する事になります。

そして、九十九があの頃から全く変わっていないことを一男は確信します。

答えはもうすぐそこだったが、最後の一歩を踏み出せたのは一男のおかげで、やっぱり一男と九十九を足して100%であると言います。

九十九は再びその場を去っていきます。残された一男の手元には、三億円があります。

三億円を手にして初めて買ったものは、まどかの自転車でした。

まどかの自転車の練習に付き合いながら、また万佐子とまどかと一緒に暮らしたいという本当の願いに気が付いた一男。

そして、「億男」は幕を閉じます。

本当にお金の価値観や考え方を考えさせられるストーリーですね。個人的も非常の面白い話であり、考えさせられるストーリーとなっています。

ここから、その後について考察していきます。

一男は3億円手にしたものの、家族との時間を大切に贅沢な生活はしていきません。

一男の「欲」「幸せ」をお金ではなく、価値観が大きく変わりました。しかし、3億円を手にしてしまった一男の事をどこかで情報が漏れてしまい、メディアで拡散されてしまいます。

その事を妻や子供にも世間から、色眼鏡で見られてしまい、人前で生活することが難しくなります。

そこで、再び九十九が現れますが、一男は九十九の助言を聞くこともありません。なぜなら、すでに一男の価値観は変わってしまったからです。

そして、一男は3億円を善意活動として、使用する事を決意します。もったいないと思うことはありません。

一男はその栄誉を讃えられ、多くの人々から評価されます。そして、「3億円」よりも大きいものを得ることができ、家族全員で幸せに暮らしました。

私が思う、「億男」のその後は以上になります。

結局、3億円を手にしても、何か大きな物を買おう、豪遊しようと普通の人なら思うと思います。

しかし、「億男」本編で一男は体験したことで大きく価値観が変わり、お金の正しい使い方、ある意味自己投資となり、自分に返ってくるストーリーがあってもおかしくないと思います。

もし、続編があるのであれば、こんなストーリーが面白いのではないかという想いも込めています。

まとめ

今回は億男で九十九の最後のセリフの意味、結末やその後についても考察していきました。

お金の使い方や価値観について考えさせられる作品となっています。自分がもし大金を手にしてしまったら、一男のようになれるのか、また九十九のような考えを持てるのか、考えさせられますね。

原作でもそうですが、実写映画版でも名作だと思います。その後をそれぞれで考えてみるのも面白いですね。

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